「あなたはいつもにこにこしていて気持ちがいいね」
と誉められたので
「できるだけ周りの印象がよくなるようにしてるのよ。
だって、女のカゲクチって怖いじゃない？」と言ったら、
「確かにねー」と笑われた。

最近のあたしは開き直っている。
開き直ってしまうとにこにこしながら毒を吐けるから不思議だ。

にこにこしながら吐く毒はなぜか相手の笑いを誘う。

2日続けて昔の恋人の夢を見た。
ひょっとしてあたし、今でも惚れてるんじゃないだろうか。
とかなんとか一瞬思ったけれど、さすがにそれはない。

昔の恋人はあたしに向かって「結婚する事になったよ」と言った。
その笑顔はすごく幸せそうで、そりゃよかったと心から思った。

昔の恋人とあたしはその昔、
色恋沙汰にありがちなすったもんだをやらかした。
あたしは今でも時々、その頃の幼い自分を思い出し、
なんとも不安で情けない気持ちになるのである。

全く、あの頃のあたしと言ったら。全く。

いつだって
おいて行く方は気楽なもんでさ
そこで終わりにしたつもりなんだろうさ

ところが
おいて行かれた方はその先ずっと
その背を見て生きてかなきゃいけないわけさ

なんたってもういない人だもの
いつまでたっても追いつけず追い越せず
背中を向けられたままなんだもんさ

そりゃーねーべ

ずっと一緒にって言ったのに
あんまりにも無責任だし身勝手だべ

やたらと活字が恋しくなって、本棚を物色したら、
ふと、見覚えのない表紙が目にとまった。

去年の春友人に借りた本。
「死ぬまでに返してくれればいいから」と手渡されたそれは
その場で本棚に入れたままの状態でそこにあった。

そういやこの本を借りた時に、私が10年前に貸した本を返してもらったんだっけ。

「10年後には返すよ」なんて冗談交じりに答えたけれど、
本当にこの次会うのが10年後でもおかしくはない距離を保った関係。

いつ返してくれてもいいよ

期限を持たない約束は
期限を持たない関係を表しているようで心地よい

少なくとも死ぬまでは友達でいよう。

あたしは
生きてて欲しいから生きててと言うだけで
死んで欲しくないから
死なないでと言うだけで

それ以上の理由はないし
あんたの都合も考えちゃいない

あんただってきっと
あたしに同じ事を願うでしょ？

あたしたちはそれでもいいと思う

朝
いつもより早く起きたので
窓をあけて、大きく息を吸い込んだ

朝一番の
それはもう冷たい空気が一気に流れこみ
鼻の頭が赤くなった

鼻の穴にはつーんとした心地よい痛み

そろそろ花粉の季節だろうか

思う存分鼻で息ができるのも今のうちかな

おまえのかーさんでーべそっ

そう言った
オマエのかあさんと
おれのかあさんは
おなじなんだ

おでこがかゆい

お金がたまるのかしら？

それは手のひらか

うさぎが寂しいと死ぬなんて、全くでたらめだ。

あの人は今日もあたしをうさぎに例えてそばにいようとする。
必要以上にさわられるとうさぎだって噛みつくのに。

あたしはうさぎじゃないから噛み付かないし、死にもしない。

あの人は今日もあたしをうさぎに例えてそばにいようとする。
「寂しくなったら、君は死んじゃうから」
そう言ってあたしを抱きしめようとする。

あたしはうさぎじゃないから噛み付かないし、死にもしない。

ただゆるゆるとあの人の陣地の中で呼吸をしている。

うさぎが寂しいと死ぬなんて、全くでたらめだ。
あたしはゆるゆるとため息と言うかたちで呼吸をしている。

その人の書く文章を読んで
年甲斐もなくなぜだかきゅーんと苦しくなったのはさ、
悔しかったんだろうか、悲しかったんだろうか、
ひょっとしたら羨ましかったんだろうか、

ね、

年をとって物分りが良くなる毎に、
自分の奥の方にある気持ちとの辻褄合わせが難しくなるね。


いやいや、
合わせてはいるんだよ。

たぶんあたしは上手にやれてる。

あたしが愛してやまない、
とても大切な大切なあんた自身の事も
愛してあげてね、大切にしてね、ハニー？

あたしがあんたと呼ぶ相手は
心を許している人だけなのよ

あんたもあたしの事あんたって呼ぶじゃない？


あたしはあんたの事を永遠に嫌いにならないから
あんたはあんたらしく生きててくれたらいいよ

来年もよろしくね

愛しいと思うだけではいられない

愛しければ愛しいほど
同時に
切なくなってしまうのは

あたしがきっと不誠実だからなんだね

とても悲しい事があってね
泣いちゃいそうな気分でね

だけど
どうしても泣きたくなかったのよね

それで
かわりに大きな声で歌を歌ったの
なんの歌でもない、めちゃくちゃな歌をめちゃくちゃな音程で
めちゃくちゃな声で歌ったのよ

そうしたらそのうち気分までめちゃくちゃになってね
悲しいのか悔しいのか情けないのかわからなくなって

なんだかどうでもよくなってしまったの


やっぱり泣くほどのことじゃなかったんだわ
あたしは悲しかったんじゃなくて
悲しみたかっただけなのね

朝から頭痛。とにかく頭痛。ひたすら頭痛。

なんとか洗濯機を回したところで、諦めて鎮痛剤を飲む。
ところが、うっかり大人規定量を飲んでしまった。
あたしのサイズはお子様だから、薬の量も15歳未満のでよかったのに。
頭痛はおさまったけれど、とんでもない倦怠感に襲われ、横になる。

そのまましばらくうとうとし、復活。

水で濡らした新聞紙を床に撒き、ほうきで掃く。
あたしの掃除方法はばーちゃん譲り。
床の汚れが気になったので、床を磨き始めた午後1時。
ざっと水ぶきした後、夕飯用にといだお米のとぎ汁でさらに磨く。

あたしの今日の予定は「風邪を治す」だったのにね。
治ったと思いこむ事にしましょう。

その声がした時、あたしは魚をおろそうとまな板の上に古新聞紙を広げた所だった。

テレビを止め、全神経を左耳に集中させる。
声が近づくのを感じたあたしは、魚をおろすのをやめて窓に駆け寄ると、大きく手を振った。

窓越しにあいつがあたしに向かって目で合図をするのが見える。

あたしはせっせとあいつへの贈り物を運んだ。
それは会えなかった時間に比例してかなりの量になっていた。

はやる気持ちを抑えつつ、玄関先であいつを待つあたし。
あいつへの贈り物の並べ方を工夫しながら。

・・・・・でも、あいつは来なかった。
あたしに残されたのは、玄関先に積み上げられた半年分の古新聞。

エレベーターなしの4階に住むあたしが、あいつに振られたのはもう何度目の事だろう。

呆然と立ち尽くすあたしの耳に、
まいど〜おさわがせ〜いたして〜おります
の声が、何度か響いて消えていった。

普段なら気にならないような
些細なこと全てに躓き
なんだかとても落ちこんだので

この際
底まで落ちてやろーじゃないか！
と半ばヤケクソになった昨日

何気なくつけたテレビの箱の中
かの暴れん坊将軍様が
派手な衣装を着て腰を振り
息も乱さず最後まで歌う姿を見て

やっぱ
辛い事を乗り越えてこそ、輝くもんなんだな
と
思ってしまったよ


つい
あたしも踊りたくなって
真似してステップ踏んでみたけど
足がもつれてうまく踊れなかったよ


将軍様
あなたが乗り越えたのは
何日後に訪れた筋肉痛だったのですか？

待合室での雑談の中で、懐かしい名前を聞く。

10年経っても胸が痛い。

結局私は都合良く扱われただけで、
ちっとも愛されてなどいなかったと思う。